日記・コラム・つぶやき

2008年8月15日 (金)

城崎温泉旅行!

Syuppatu さぁ、城崎温泉に向けて出発!
ということで、ちょっと中国道が渋滞しておりましたが楽しみな旅行の始まりです。

Saiki_3 途中で寄った西紀サービスエリア。ここではコロッケやジャコ天かなを食べて、休憩をいたしました。
パン屋さんもあるんやけど買わなかったな。。

Saiki2  このパン屋は結構人気があり、人も多かったな。。

Yukase1 高速から降りて結構な時間走って行きますと、なにやら山の中まで来てしまった。。って目的がありまして、床瀬そばに食べに行ったのであります。。

Yukase2 山の中なのにかなり人が待っている状態。待つのがしんどいのでもう行こうかなって思ったんやけど、奥さんがせっかく来たから待って食べようと言うので、待ちました。
味は待つだけの事はあり、かなり美味しかった。写真を撮ろうと思ったんやけど、気がついたら完食してしまってました。

Yadonosyokuji 宿に着いてから、すぐに近くの海水浴場へ行った。カメラ持って行くのを忘れたので、俺の肉体美をお見せできないのが残念。まー君は元気に浮き輪をつけて泳いでおりました。
宿に帰るとすぐに温泉に入りました。そして、待ちわびていた食事の時間。ココに写っている料理の他に食いきれないほどの料理が出てきてビックリ。腹がパンパン。。
苦しい。。。。

Onsengai 食事をしたら、ぶらっと川沿いの温泉街にぶらりと散歩。
懐かしいスマートボールや射的なんかもあり、まー君は大喜び。。情緒があって良いね。温泉街。

Onsengai2最初は電気かと思ったんやけど、川沿いにはろうそくを灯しており、それがまた良い雰囲気を醸し出している。
なんか本当に落ち着くね。。

Kinosakimarinnwarudo2 翌日は城崎マリンワールドへ行ってきた。
まー君の楽しみだったので暑さに負けず、歩き回ったね。
海に面してるんやけど、本当に日本海は綺麗やなって思った。
またイルカが可愛いね。よく仕込まれている。いろんな技で俺ら観客を楽しませてくれた。

Kinosakimarinnwarudo3_2 皆さんはペンギンをこんなに近くで見たことがあるだろうか?
ペンギンって本当に可愛いね。歩きながらウンコしてたよ。
よちよち歩きの赤ちゃんみたいで、ペンギンの後ろを子供たちが付いて歩いている。平和な光景やね。。

Nisidaya

帰りに寄った西田屋さん。ここがノートPCで情報を入手した所。
ここは但馬牛の専門のお店。
是非、豊岡市に来たのだがら但馬牛を食べたい!という願望で来てしまった。
ここでは但馬牛のステーキをいただきました!

Nisidaya2 俺は卑しい男である。写真を撮らなければと思っていたのだが、但馬牛のステーキを目の前にしたとたん食べることしか頭にない。なので、食べた後に写真を撮っていないことに気づく。
だから、まー君が食べている途中の但馬牛ステーキを写真に撮った。
本当に食べてる途中でしょうが!って感じ。結構大きなステーキでお値段もかなりのもの。。。

でも実に美味しかった!!こんなステーキ今まで食ったこと無い!って言うくらい旨かった!!

Kaeri2_2 そして帰りはかなりの渋滞の中、帰ってきたのである。。
なんでこんなに混むのかな。。。家に着いたらぐったりやった。。
でも、楽しい旅行やったね。。

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2008年4月23日 (水)

最近のネットにまつわる事件について考えた

最近のニュースを見て、奥さんが「学校の裏サイトって金八先生のドラマの話だけや無く本当にあるんやね。」と話しかけてきた。学校の裏サイトに自分の中傷記事が書かれていて自殺する生徒がいるという。今日もニュースで自分の悪口をサイトで書かれたと、金属バットで相手の頭を殴るという事件が報道されていた。殴られた中学生は意識不明の重体という。
本当に変な世の中だし、怖い世の中だ。ネットは使い方によっては大変便利でまたいろんな活用方法を広げていける楽しいツールであるはずだ。しかし、何にでも言えることだが使う人間にとっては恐ろしい凶器になるということだ。
俺もこのブログを開いていろんな人とふれあえる機会が増えたし、ネットって本当に楽しいモノだと感じた。ネットを愛用している一人として、これからのネットのあり方について考えさせられた。
イーモバイルから「Webアクセス制限」の提供についてのお知らせがあった。EMnetを利用する未成年に対して不適切なサイトへアクセスすることを制限するサービスということだ。
俺的には確かに有害なサイトのブロックをすることは大切なことだと思うのだが、ネットを利用する者のモラルというものが一番大切ではないかと思う。言い換えれば、金儲け主義に走ったモラルの無い社会が、その社会の未来を担う子供まで汚染していくということだ。

決して偉そうなことは言えないが、子供を持つ親として、またネットを愛用する一人として、ネットというものを一人の人間の命を奪うような凶器にしないために俺たち大人がモラルを持っていくことが大事だと感じた。

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2008年1月 4日 (金)

昨年から我が家の電化製品が・・・

今日から仕事始めでございます。だいたい、年明け最初の出勤日はなんか体がだるいというか、朝からちょっとブルーな気持ちになる。
ブルーな気持ちと言えば、我が家では昨年から電化製品の故障が相次いでいる。デジカメ、炊飯ジャー、加湿器と年末に壊れる始末。昨年の最後には掃除機が息を引き取った。この掃除機は俺が壊したのだが・・・。年末に焼酎を車で運んでいる時になんと!なんと!車の中で焼酎一升瓶を二本割ってしまったのだ。ここでは書かなかったが、これは年末最大の事件だった。車の中は焼酎の臭いがこびり付いて、未だに臭いが取れない。それも落ち込んだのだが、その時に瓶の破片を掃除機で吸おうと思って、壊してしまった。
最初、順調に破片を吸っていたのだが、奥の方を吸おうとして掃除機を引っ張ったら突然止まってしまった。家の中から電源をつないでいたので、コンセントが抜けたんだろうと思い、奥さんにコンセント差し込んでとお願いすると、抜けてないとの返事。電気が入らないのは何故?☆そうか、掃除機の中で電線が切れたんだ!★とういうことで、奥さんから大目玉を食らう始末。掃除機を買うお金をせびられることに・・(T T)
そして新年早々、正月番組を見るためにいろいろと録画設定をしようとしたが、ビデオデッキのテープの巻き戻しができない(←未だにビデオデッキを使用)。するとテープ残量も表示されない。以前からちょっとおかしいなーと思うような変な動作はしていたが・・・。そしてとうとう、録画機能も効かない。何もできない。ということで、奥さんを何とか説得して、DVDハードディスクレコーダーを購入することになり、昨日買いに行った。何かと出費が続く、年末年始!奥さんはかなり機嫌が悪くなっているので注意しないといけない。
もうこれ以上、電化製品よ壊れないでくれ!!と心から願うのであった。。。

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2007年12月19日 (水)

自分の母校が無くなるのは寂しいね

EM・ONEに関係無い話だけど・・・。今日久しぶりに自分の出身高校の前を通ったら、校舎や部活部屋があった建物が壊されていた。
実は数年前に少子化の波で我が母校は高校の統廃合が進む中で既に廃校となり、取り壊しも決まっていた。しかし、なんか自分の母校が壊されている光景を目の当たりにして、寂しさを感じずにはいられなかった。学校の塀の向こうに建っている体育館を見たとき、不思議なもので高校の時のいろんな事が思い出された。
俺はもともと髪の毛が茶色っぽかったので、風紀検査みたいなモノが体育館であった時は「いつも髪の毛染めているやろ」と、問い詰められたものだった。ある時パーマをかけて高校に行ったら(うちの高校パーマ禁止だった)、一番怖い体育教官の先生に呼び出されて、「今日帰って美容室に行って、反対に巻いてもらって来い!」と訳解らないことを言われたのも懐かしい。先生曰く、反対に巻いたら真っ直ぐになるんやって・・・(^^;
授業中に100円が無くなる手品をしていて、失敗して先生の立ってる教壇の下まで、100円が転がって取り上げられたこと(/_;)。彼女にしぼり(きんちゃくみたいなバック)を作ってもらって、みんなに冷やかされたこと(*^_^*)。その子と別れて、違う女の子に告白して見事にふられたこと(;_;)。運動部に所属していたんやけど部活がしんどくて、部の仲間と近くのお好み焼き屋さんに行ってさぼったこと<(_ _)>。卒業式の時に学生服のボタンが全部無くなった事(*_*)。←同級生や後輩の女の子が欲しいって言ったんやけど、好きとかじゃなくて仲良い子が多かったからね。もてたわけではありません(T T)。。。なんか何も考えてなかったあの頃が懐かしいなーって思って。ちょっと感傷的になったね。
寂しいね、自分の母校が無くなるっていうのは・・・(涙)。

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2007年11月21日 (水)

懐かしい音楽

昔の音楽を聞くとその当時のことをふと思い出すことがある。
昨日の夜、友人の車に乗せてもらったときにたまたま流れていた音楽は昔良く聴いた音楽だった。それはサザンオールスターズの「シャ・ラ・ラ」という曲だ。この曲は大学時代に乗っていた車のカセットでよく聞いていた。
実は俺自身、サザンのファンでも何でも無かった。東京で一人暮らしをしていた俺は大学の先輩や後輩達と本当に兄弟のようにいつも時間を共有し合って暮らしていた。俺が大学4年の時、後輩でサザンのめちゃめちゃファンの奴がいて、ちょうどその当時に発売された「すいか SOUTHERN ALL STARS SPECIAL 61 SONGS」という所謂ベスト・アルバムをなかなか手に入らなく、かなり値段も高かったのだが、思い切って買ったということで、俺も今考えるとせこいのだが、カセットにダビングさせてもらった。
車で何度も聞いているうちにだんだんと好きになってきて、特にこの「シャ・ラ・ラ」は俺のお気に入りだった。自分自身、大学時代は本当に楽しかったの一言に尽きる。あんな充実した日々はこれからないんじゃないかなって思うくらい。一生付き合える友情を培ったね。卒業の時に後輩が涙ながらに送別会をしてくれた。馬鹿騒ぎをして、レインボーブリッジに行き、そこに車を止めて(今は駐められないけどね・・・)大きな声で歌ったことも懐かしい思い出だ。
「シャ・ラ・ラ」が車内に流れて、イントロを聴いているとすーっとその当時の空気に包まれて、これまでの時間が嘘だったんじゃないかな?って思うような何とも言えない気持ちになった。不思議な気持ちだ。あの時に俺の車で聞いているようなそんな感じかな・・・。
その時の後輩達とは今も年に何度かは会っている。会うと大学時代のあの関係のままの、俺たちがそこにいる。お互いおっさんになったけどね。
また、「シャ・ラ・ラ」が聞きたくなってきた。

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2007年10月 2日 (火)

実は昨日と今日で台湾に行っていた!

いやー、前にちらっと書いたけど実は昨日(時間的に一昨日になってしまったが・・・)の夜から仕事で台湾に行っていた。初めての台湾なのでいろんなところをゆっくりと見たいなーって思っていたが、なんと一泊二日の強行スケジュール。実質滞在時間は18時間なのだ。着いて先ず思ったのは台湾も暑い!30度やってー。
台湾と日本の時差は一時間、日本の方が進んでいる。だから、昨日21時半過ぎに台湾に着いたのだが、日本の時間は22時過ぎなのでなんか一時間得した感じ。。といってもホテルに着いたのは現地時間の22時半過ぎていたので、本当は町をぶらぶらして、いろんなお店に行きたかったんやけど、仕方なくシャワーを浴びて寝ようとした。でもお腹が空いて寝れない。どうしようもないのでルームサービスで軽食を頼んで、テレビを見ていた。

台湾は日本の番組も結構やっている。「デス・ノート」のアニメ番組をやっていたのでみいってしまった。もちろん日本語で、字幕は中国語。またNHKが見れて日本のニュースも見られる。朝なんか10月1日スタートの連続テレビ小説「ちりとてちん」を日本の放送とリアルタイムで見てしまった。すごいね。台湾の番組はまだちょっと台湾語が耳慣れしていないので、かなりうるさく感じてしまって日本語の番組ばかり見ていた。

101翌日は仕事でさまざまな所に行ったのだが全部現地の方の車で移動。びっしりつまったスケジュールをこなさないといけないので、全て景色は車の中から・・・。

あの「台北101タワー」も車の中からなんとか写真に納められたが・・・さびしい。町を実際歩いていない。どんなスケジュールやねん!おっそろしいなーと自分でも思いながら景色を眺めていた。
Pikatyuひとつ面白い看板があってここにも紹介する(写真をクリックすれば大きくなる)がこれってピカチュウー?

台湾って車の数も多いが、かなりスクーターも多い。台湾の方に聞いてみると台湾は車が多い割には駐車場がないとのこと。そう言われれば路上駐車が結構多いのだ。だから移動するのに車よりもスクーターの方が何処でKoutuu も駐められて、また車より速いから(渋滞を避けられる)便利で安心なんだとか。なるほど!

台湾料理をいろいろと食べたいと思ったのだが、ホテルからホテルという移動で結局ホテルで全て食事を済ませ、庶民の現地の味を食べたかったが叶えられなかった。

そうこうしている間に日本に帰る時間、おいおい今度は必ずゆっくり来て台湾を満喫してやる!!と決意して帰りの飛行機に乗り込んだ。

EM・ONEは当然圏外。しかしEM・ONEの辞書をいろいろと使った。結構英語も話せる人が多いからね。
帰宅したら、Amazonから例の品物が届いていた。このレポートはまた今度になるね。今日は疲れたのでここでお休みなさい。。。

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2007年8月11日 (土)

今日は不死王閣へ行ってきた

今日はEM・ONEで近場の癒されるところを検索して、その結果、大阪池田市にある不死王閣へ行ってきた。

Douro 不死王閣の紹介は以下の通り。(不死王閣のサイトより)
「緑と花に包まれた豊かな自然の中に佇む「不死王閣」は、京都・神戸・大阪・奈良へのアクセスにも便利です。滔々と湧き出る天然温泉が満喫できる大浴場や露天風呂。閑静な自然に包まれた当館で、四季折々の味覚をお楽しみ下さい。
人気の露天風呂付客室は全20室。お風呂からは正面には五月山、眼下には余野川も見えます。贅沢なひと時をお過ごし下さい。」
ということで、今日は日帰りで客室を予約して行ってきた。

ここの温泉は非常に俺的には心地よい温泉で、入浴後もなんとも言えない心地よさが続き、疲労が回復されるのだ。またまー君が大の温泉好きなので、まー君も大喜びなのだ。
ゆっくり風呂につかった後は冷えた生ビールがとても旨い!また昼食の会席も非常に美味しかった。

Kawaryouri ここで休憩した後は高槻市にある鮎を食べさせてくれるお店に行ってきた。
川沿いに面したところで川魚を食べさせてくれるお店がある。そこには鮎と鯉を養殖していて取り立てのモノを食べさせてくれる。
ここで鮎を食べたのだがやっぱり川の音を聞きながら食べる鮎はめちゃくちゃ美味しい。
日頃の忙しさを忘れて、ゆっくりできて、お腹も満腹で帰ってきた。

盆休みは毎日お出かけなので明日は家の大掃除でもして、一日ゆっくり過ごして、明後日は墓参りに行ってくるね。

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2007年8月10日 (金)

今日はひらパーのTHE BOONに行ってきた!

今日は盆休み2日目。この暑い日にはやっぱりプールでしょうと言うことで行ってきましたひらパーの「The Boon」!
実は奥さんが1ヶ月ほど前にThe Boonの割引チケットを手に入れてからほぼ毎日プールに行きたい、行きたいと言い続けていたのでまー君の喜びようはすごかった。

まーしかし、なんという人の多さ!!
流れるプールでは恐ろしいくらいに人に当たりまくり。やっぱり中学生や高校生、またカップルが本当に多いのだ。周りを見ていると自分もこんな時代があったなーと自分がおっさんになったことを憂いていた、ってそんな事に浸っている間もなく、まー君があっちやこっちへとじっとしてないので追いかけて疲れる疲れる。

ふと奥さんを見ると、極力日焼けしないように日傘をさしてこちらを見てるだけ・・・。おいおい。。

今日もまた疲れたのー。。俺が体を休める日は来るのか?でも奥さん、まー君が喜んでいる姿を見るのが何よりストレス発散になって癒される、そんなまー君パパなのである(^^

ところでEM・ONEは・・・車の中でちゃんとひらパーの情報を取るのに役に立ちましたですよ。

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2007年8月 9日 (木)

今日から盆休み

今日から5日間お休みどえす。家族でお泊まりも考えたんやけど、月末から東京に家族で行くので毎日日帰りで遊びに行くことに。だからEM・ONEも今日はちょっと鞄の中でお休みということ。

とりあえず今日はUSJに行ってきた。かなりの人だったが、アトラクションの表示している待ち時間ほど実際は待つことなく、かなり遊べた。
USJも年間パスを作っているので今年に入って何度か行ったのだが、何度行ってもそれなりに遊べるので良い。
夜は夜で花火を奥さんとまー君で楽しんだ。かなりヘトヘトになって帰ってきた。今日はこんな一日だった。明日はプールに行くことになっている。かなり焼けそうだが、家族孝行にいそしむ、まー君パパなのだ(^^v

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2007年6月25日 (月)

結婚10周年の記念日(^^

実は昨日は結婚10周年。っていうか、本当は6月21日なんやけどね、平日で忙しいから昨日家族でお食事に出かけた。
奥さんには腕時計をプレゼントして(←高くない時計(^^;)、まー君には「ハリーポッターと不死鳥の騎士団」の前売り券をプレゼントした。

実は奥さんに時計をプレゼントしたのには理由があった。

今からさかのぼること10年前。結婚してすぐの奥さんの誕生日のこと。俺は何がいいかなーと考え、結婚前に奥さんがキャラクターグッズのデザインなんかをする仕事をしていたので、“そうだ、キャラクターの入った「Swatch」を送ろう!”と決めた。当時は「Swatch」が結構ブームということもあって、近くの百貨店へ早速見に行った。いろいろと置いてある中からカエルの絵の書いたSwatchに目がとまった。そういえば、奥さんはケロッコデメタンというアニメのカエルの主人公に似ていると言われていたことを思い出した。これだ!!これなら奥さんも喜んでくれるだろう!そう思って、そのSwatchをプレゼント用に包装してもらった。
そして、帰宅して奥さんに「ハッピーバースデー」みたいな感じで、そのプレゼントを渡した。奥さんは「ありがとう!」と言ってめちゃくちゃ嬉しそうにその包装をほどいていく。←新婚時代が思い出される・・。。。
そしてSwatchの入っている箱を開けたとたん、奥さんの顔色が変わった!!(-_-;
奥さんの第一声「何これ?」。さっきとは3オクターブくらい声のトーンが下がっている。
この事態の雰囲気に俺は「?どうしたん?」。
奥さん「これはちょっときついわ」
俺「何が?」
奥さん「こんな子供っぽいのはめられへんわー」
俺「いやいや、めっちゃいいと思うでー(汗)」
奥さん「ごめん、気持ちだけ受けとっとく・・・。」
俺「ゲーーーーーーーーーーーーーー何それ!(涙)」
ということで、奥さんはそのSwatchの箱を封印してしまった。
それから何年か経って家を大掃除していたときのこと。押入の奥の方からこの箱が出てきた。俺が開けてみると真新しい、カエルのSwtchがそこにあった。しかし針はすでに止まっていた。この時計を見たとき、俺は涙した・・・。

そのことがあって以来、何か奥さんのものを買うときは必ず奥さんの好きなもの(趣味や色や形)を聞いてから買うようにしていた。

しかし、結婚10周年。。ここでこのトラウマを払拭しなければならない。俺は決意する。そうだ!時計を贈ろう!!俺の選んだ時計を!!

そして値段は高くないが、奥さんが好むであろう時計を選び昨夜プレゼントした。まさに10年前と同じように・・・。
奥さんはめちゃくちゃ嬉しいと言いながら包装をほどいていく。俺はドキドキ!
そしてその箱を開けた瞬間、奥さんの顔は更なる笑顔となり、3オクターブ高い声で「うわー、めちゃくちゃいいやん!時計ほしかってん!!」と言ってくれた。
おー10年越しの俺のトラウマが払拭されていく。よかったー!!

今日はEM・ONEのことはちょっと置いといて結婚10周年のお話でした(^^

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2007年6月20日 (水)

今日から愛知へ出張ですぞい!!

今日から愛知県へ一泊の出張なのである。今はまだ大阪。このブログがアップされるころには名古屋のホテルでビールでも飲んでくつろいでいるか、もう酔っぱらって寝ているだろう。

久しぶりの名古屋になる。以前、名古屋に半年ほど住んでいたことがあって、かれこれ18年前かな。大学卒業してすぐに某会社の名古屋支店にて配属されて住んでた。
名古屋で一番びっくりしたのが冷やし中華を食べたとき。全面にマヨネーズがかけられていて、その頃は冷やし中華にマヨネーズはないでしょ?、、からし!からし!という感じで、ちょっと横に付いてるくらいならよけられるのだが、お好み焼きみたいに全面に網の目でかかっている(-_-;)のでどうすることもできずに、全く食べられなかった。その後はだんだんと慣れて食べれるようになったけど。狭い日本でも食文化ってほんとに違うなって教えれれたもの。
だいたい、食べ物もたべてるうちだんだん慣れて美味しくなっていくんやね。
東京の大学に行って最初にソバ食べたとき、何!このソバ!!割り箸がつゆに入れた先から見えない!!つゆ、真っ黒!!こんなん食べたら血圧上がるわーーーって思ったけど、それが美味しく思うようなったもんね。今ではたまに関東風のソバを食べたいって思うもん。
地元地域では考えられない!食文化の違いを経験された事がある方、いろいろとコメント募集しておりますので、書いて下さいね。

ところで昨日は「気まぐれEM・ONE日記」のhikkyさんと話題がだぶってしまいビックリ!!あるんやねーそういう事って。hikkyさんは以心伝心って言ってたけど、実は前世で関係があるんですよ。。。。 byオーラの泉(^^

今日は名古屋へ行くのに持って行くモノは仕事の道具一式と携帯電話3つと着替えとそしてEM・ONE。
明日は愛知県の企業を数社廻ることになったいるんで、愛知の電波状況なんぞ調べてきましょうかね。
愛知も結構電波が広がってきているらしいから、楽しみやね。あっ!それと忘れては行けないモノは予備バッテリー!!←これは必要でしょ(^o^)
では今から名古屋に行って参ります!!(^^)/~~~

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2007年4月30日 (月)

私のちょっとした履歴書(後編)

颯爽とあの寅さんの衣装で渥美清さんが入ってきた!!

寅さんや!!めっちゃミーハーになっている俺!!
しかしスターというのは本当にオーラというものがあると間近で見て感じた。一瞬で空気が変わり緊張感が出る。

シーンは病気で入院しているおいちゃんのいない「とらや」に寅さんがひょっこり帰ってくるシーン。

山田洋次監督のヨーイ ヨーイ ヨーイと何度も繰り返す言葉。そしてスタート。シーンとしたスタジオで名優の方々の演技が始まる。目を丸くして固まりながら見ている俺は恐らく、周りから見たら怖いくらいだったと思うよ(^^;

はいOK の声に緊張が解ける。次のシーンまで少しの休憩だ。
Kitano87 そこに今度は「北の国から」に出演していた吉岡秀隆君、当時高校生だったが入ってきた。さくらの子供役の満男だ。
俺は「北の国から」も大好きで見ていたし、ちょうど「北の国から'87 初恋」の放送後すぐだった。図々しく露木さんにお願いして紹介してもらった(^^)。もうこうなったらオノボリさん。。。でも今は吉岡君も素晴らしい、立派な俳優さんですよね。。。

そうこうしていると露木さんが俺ら二人に「記念に出てみないか」と言って下さった。マジ!!出れんの!!「是非とも!!喜んで!!」と出された衣装に手を通して、リュックサックとサンバイザーをかぶる俺←観光客。友達はそば屋の店員の衣装を着る←そのままそば屋の店員。

俺は観光客として店の前を通るのだが、「とらや」の前の店がセットであるんだけど、そこの品物をいろいろと手に取り、隣の仕事として来ている本物のエキストラさんと会話しながら通り過ぎていくという設定。

友達は俺が通り過ぎた後に「とらや」の前を自転車に乗って通り過ぎていく、そばの出前の店員という設定。

もーこうなったら、迷惑かけないようにすることで俺の頭の中は一杯状態。

山田監督のヨーイ ヨーイ ヨーイの声で緊張も最高潮!!スタートと同時に歩き出す。難なく通り過ぎて、俺はOK。ところが、その後を友達が自転車に乗って「とらや」を横切るのだが、その距離がめちゃ短い。バランスを崩して、照明の方へ向かっていってしまった。「危ない!」とのスタッフの声にスタジオ内騒然。友達はスタッフに止められて、寸前の所で照明にはぶつからなかったが、もちろんNG。
出演者の渥美清さん、倍賞千恵子さん、前田吟さんが、そのスタッフの声にビックリして「とらや」から出てきて、みんなの注目を集めてしまった友人。俺も正直、めっちゃ恥ずかしかった。でも、出演者、スタッフの皆さんは「怪我無かった?」と友達をとても気遣ってくれて、嫌な顔一つしなかった。素晴らしい出演者と山田組の方々にちょっと感動した。

映画公開の時は友達と一緒に観に行ったが、あの時のカメラアングルではこのように撮影されているのかと感心したり、「とらや」の前の店の女性店員はこんな顔だったとかいろんな事を思い出して、なんか不思議な感じだったなー。そして、自分と友達の一瞬だけの出番。ちゃんと映ってた。笑うシーンじゃないけど、ちょっとおかしかった。今考えると、青春の1ページやね。

あの大船撮影所での撮影の時、となりのスタジオで裸の男性がたくさんいたと書いたが、その映画は同時上映されていた、映画「塀の中の懲りない面々」だった。その冒頭のお風呂のシーンを撮っていたんやね。

あの撮影の見学を終えて帰るとき、露木さんから「男はつらいよ 知床慕情」と「男はつらいよ 幸福の青い鳥」(長渕剛さん・志穂美悦子さん出演)の脚本をいただいた。

後からわかったんやけど、「男はつらいよ 知床慕情」が寅さんシリーズでその当時、最高の興行収入を記録したらしい。

あれから、露木さんとは一度もお会いしていない。自分も全然違う道を選択してしまったから、今は全く映画の世界とは無縁の社会人。その友達も地方で小学校の先生をやってる。

その後、渥美清さんが亡くなられ、太宰久雄さん、おいちゃんこと下條正巳さんも亡くなられて、「男はつらいよ」シリーズも終わりを告げた。一抹の寂しさと、あの時お世話になった、露木さん、今もお元気にしていらっしゃるだろうか? その露木さんに感謝を込めて、ここに書かしていただいた。

追伸
「ウェブフォトニュース ぐんま」(2005年10月14日号)というHPに山田洋次監督と一緒に露木さんが写真入りで載っていた。2年近く前の記事だが、お元気そうな露木さんを見て、とても嬉しく思った。↓

http://www.pref.gunma.jp/news/web_photo_news/pn7/pn7.htm

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2007年4月29日 (日)

私のちょっとした履歴書(前編)

Siretokobojyou以前に植木等さんが亡くなられたときの記事で「男はつらいよ」にちょっとだけ、出たことあるって載せた。その時のこと少し書きますね。

中学の時、映画監督になりたかった俺は山田洋次監督が好きで、映画「男はつらいよ」を観るようになった。その時の中学の友達は誰も「男はつらいよ」に興味なかったんやけど、嫌がる友達を誘って、盆と正月に松竹の映画館によく行った。

東京の大学に進学した俺は友人のお母さんが柴又の和菓子屋さんで働いており、山田組が撮影に来るときにそのお店が休憩場になることを知り、是非とも男はつらいよの撮影を見学したいから来る時を教えて欲しいと頼んでいた。

早速、撮影日を教えてもらい、その日に大学の友人と二人でドキドキしながら見学に行った。

その時に撮影していたのが、第38作「男はつらいよ 知床慕情」という作品。
そこにいらしたキャストは マドンナの竹下景子さん 笠智衆さん 倍賞千恵子さん 佐藤蛾次郎さん とそうそうたる方々がおられた。
そして、あの長身の山田洋次監督が俺の目の前に立っていた。

撮影風景を見学者の群れから見ている俺はもう目の前に夢見続けていた世界ひろがり、めちゃめちゃ興奮した!!

その撮影をしているときに、スタッフの方から石原裕次郎さんがお亡くなりになりました!と知らせが入り、撮影が中断した。

そう言えば、あの当時とてもお元気そうだった笠智衆さんも、その後お亡くなりになりました(残念)。

休憩時間に入りスタッフは食堂で食事を取り始めた。俺は友達と、スタッフの誰かと知り合いになり、今度は松竹大船撮影所で撮影を見学させてもらおう!と作戦をくみ、勇気を出してあるスタッフの方に話しかけた。この方は山田組の装飾の露木さんという方。たまに「男はつらいよ」にもちょこっと出ていらっしゃる方←スタッフの人もエキストラ的なことをしていらしたんやね。またこの方がとても気さくないい方で、大船撮影所は本来一般の見学ができなかったのだが、「いいよ」と一言返事で了承してくれた。あの時の嬉しさは今でも忘れない。(露木さん、見ず知らずの学生に対して本当に有り難うございました。)

撮影見学の日、胸躍らせながら友達と大船撮影所(結構遠かったんやけど)まで行った。

入り口で守衛の方に山田組の露木さんの紹介でと言うと「聞いてますよ」との事ですぐに中に入れてくれた。
中に入るとロビーのところにジュースとたばこの自動販売機、そしてソファーがあった。その頃、たばこを吸っていたので自動販売機でたばこを買おうとしてお金を入れていると、すぐ横の公衆電話で話している女性が目に入った。なんと美保純さん(男はつらいよに出演)だ!おー!!ここは俺の憧れていた映画の世界なんだと、あまりの興奮に入れようとしたお金を落としてしまったことを記憶する。すると、そのロビーをケーシー高峯さんや有名な俳優さんが慌ただしく通り過ぎていく。俺はもうただのミーハーになっていた。

約束していた時間に山田組の撮影しているスタジオで露木さんと会うことになっていたので急いで、スタジオへ。山田組のスタジオのすぐ隣のスタジオでは裸の男の人が腰にタオルを巻いてたくさん群がっており、そこには女性立ち入り禁止って書いていた。なんの撮影をしているんやろう?と思いながら山田組のスタジオの中に入る・・・・。

おーーーーーーっ、なんとそこにはあの「とらや屋」のセットがあるではないか!!

居並ぶ出演者の方々!三崎千恵子さん 倍賞千恵子さん 前田吟さん たこ社長こと太宰久雄さん どなたもみんな映画のスクリーンの中の人たち。
たこ社長が三崎千恵子さんと最近腰が痛いとかどうとかという話をしていたのが少し庶民的やなーと思った。

露木さんもそこにいて、いろいろと撮影所の中とかを案内してくれた。本当にいい人だ。今思うと山田組の皆さんは本当にいい人ばかりで、その雰囲気があのほのぼのとしたスクリーンの味を出していたんだと思う。

そして、いよいよ撮影本番。急にスタッフが慌ただしくなり、どこからか「渥美さんが入りまーす!」という声が聞こえた。
!渥美清!そう寅さんがスタジオに登場だ。スタッフにも緊張が走る。そして颯爽とあの寅さんの衣装で渥美清さんが入ってきた!!

(後編につづく)

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